
急ピッチで進む次世代電力計画
月に持続可能なエネルギーを─。
アメリカが、月面に新たな「光」を灯そうとしています。
2025年7月31日、NASAに対して緊急の内部指令が出されました。
指令を出したのは、ショーン・ダフィ米運輸長官です。彼は現在、NASAの暫定長官も兼任しています。
この指令の内容は、次のとおりです。
2030年までに月面に100キロワット級の原子炉を設置せよ──。
この動きを最初に報じたのは、米政治専門紙ポリティコの独占記事でした。
出典:Duffy to announce nuclear reactor on the moon、Politico 、2025年8月4日
緊迫する月面競争の中で生まれた指令
では、なぜ今このような指令が出されたのでしょうか。
その背景には、中国とロシアの動きがあります。
両国は2035年までに、月面に国際的な研究拠点を設ける計画を進めています。
また、そこでは原子力を使った発電設備も導入予定です。
出典:China-led lunar base to include nuclear power plant on Moon’s surface — space official、Reuters、2025年4月23日、二次情報
この動きに対抗するため、アメリカはタイムラインを大幅に前倒ししました。
「第二の宇宙開発競争」と呼ばれる中、エネルギーインフラの先行獲得は重要です。
実施スケジュールは驚くほどタイト
ダフィ長官の指令には、具体的な期限も記されています。
まず、30日以内にNASA内で責任者を任命すること。
さらに、60日以内には産業界からの提案を募集すること。
そして最終的に、2030年までに月へ打ち上げを完了させるというものです。
加えて、指令文の中には次のような警告もありました。
もし他国が先に施設を設置すれば、「立ち入り禁止区域」を宣言される恐れがあるというのです。
月の夜は2週間、だからこそ電力が要る
月面で活動を継続するには、安定した電力供給が欠かせません。
とくに問題となるのが、「月の夜」の長さです。
月では、昼と夜がそれぞれ約14地球日ずつ続きます。
そのため、太陽光発電だけでは長期間の活動が困難なのです。
この課題を克服するために、NASAは新たな発電技術の導入を決断しました。
10年稼働の発電装置を月へ届ける計画
NASAとアメリカエネルギー省(DOE)は、2022年に「フィッション・サーフェス・パワー」という共同プロジェクトを立ち上げました。
出典:NASA Announces Artemis Concept Awards for Nuclear Power on Moon、NASA、2022年6月21日、一次情報
このプロジェクトの目標は、以下の通りです:
- 40キロワットの電力を10年間供給可能
- 6トン未満の重量で輸送可能
- 無人での自律稼働が可能
- 月面環境に適応した高い安全性を確保
この電力量は、アメリカの一般家庭30戸相当にあたります。
民間企業と連携した次世代の開発体制
このプロジェクトには、3つの企業連合が選ばれています。
- ロッキード・マーチン
- ウェスチングハウス
- IX(Intuitive MachinesとX-energyの合弁)
各チームには、約500万ドルの契約が与えられました。
2024年1月には、設計フェーズである「フェーズ1」が完了したとNASAが発表しています。
出典:NASA’s Fission Surface Power Project Energizes Lunar Exploration、NASA、2024年1月31日、一次情報
ウェスチングハウス、“eVinci”を月仕様に
この中でも注目されているのが、ウェスチングハウス社の取り組みです。
同社は、商用向けに開発中の小型発電装置「eVinci」をベースに、月面対応型システムへと改良を進めています。
2025年1月には、NASA・DOEとの契約により開発継続が正式に決定しました。
出典:Westinghouse Awarded NASA-DOE Contract to Continue Development of Space Microreactor Concept、Westinghouse News Release、2025年1月7日、一次情報
この装置は、月面で10年間連続稼働し、基地の通信・生活・研究すべてを支える中核電源になると期待されています。
まとめ:月面だけでなく、その先の未来へ
この発電装置は、単なる一時的なインフラではありません。
NASAはこれを、火星探査や深宇宙探査にも応用可能な基盤技術と位置付けています。
また、地球に戻らずともエネルギーを維持できる技術は、人類の宇宙定住への第一歩でもあります。